もう1年くらい前ですが、X(Twitter)でフライデー・ナイトファンタジーに関する情報を投稿されている能多和歌足(@lkhdauio)さんから「『うる星やつら』で、レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラの「ジングル・ベル」や「清しこの夜」が使われているのはご存じですか?」と連絡がありました。そう言われて、どこかのアニメで使われてるらしいという話をかなり昔に聞いたおぼろげな記憶が甦ってきました。
教えていただいた情報によると、なんと3話もあるのだそうです。もう、びっくりです。もちろん配信やDVDレンタルなどで見ることができます。
(1)1981年12月23日 第10回放送(第19話、第20話)「ときめきの聖夜」
(2)1982年12月22日 第54回放送(第77話)「ラムちゃん主催大忘年会!」
(3)1983年8月3日 第79回放送(第102話)「面堂家サマークリスマス」
(2)と(3)はほんの数秒程度しか使われていません。その程度なら使わなくてもいいのに、と思うのですが、そこはプロデューサーのこだわりなんでしょうね。
それとは違い(1)については、ストーリー冒頭の百貨店の屋上と、ラムが商店街であたるを探す場面の2カ所で「ジングル・ベル」が、ラムのかわいらしさにあたるが気づき手をつなぐ最後のシーンで「清しこの夜」が使われるという、ストーリー展開上重要な場面での演出要素として使われているのです。実はこの作品は初めて前編/後編の2部立てとなった作品で、あたるとラムの心理変化をたっぷり描いているということで、ファンの間でも人気の作品のようです。
テレビ番組で音楽を利用する場合のJASRACに支払う著作権料は、包括契約と言って曲ごとの支払いではなくて一括の固定額で、JASRAC管理曲であれば、どんな曲でも何回でも使える契約になっています。たぶん「うる星やつら」についても、テレビ番組中の音楽という扱いとして処理されたのでしょう。当時は放送された番組のパッケージ販売のことはあまり想定されていなかった時代だと思います。一方でビデオ媒体は利用曲ごと個別に著作権使用料の支払いが必要になるわけですが、他のBGM同様「うる星やつら」の音楽を一括管理しているキティレコードの音源であると扱われて発売してしまい、そのまま現在に至っているのではないかと思います。1981年といえば、ルフェーヴルの日本における販売権はキングからロンドンレコードに移管された年ですね。
能多和歌足さんは「ジングル・ベルも清しこの夜も幼少の頃から知ってましたが、日本語の歌詞で歌うことも含め個人的にあまり好んで聞いていませんでしたが、この音源との出逢いによって、すっかりこの年末の時期に聴きたくなる音源になりました。」「うる星で使われた曲が先に知っているため、それに意識してしまいましたが、クリスマスの"聖夜"という言葉に合った世界観と言いますか、本当のクリスマスを描かれているという風なものを感じました。そこから、神秘的な部分を感じました。」というメッセージを寄せてくださいました。ルフェーヴルの作品の日本販売元がポリドールからビクターに移った時、私が真っ先に発売をお願いしたのがこのアルバムでした。私もこのアルバムを初めて聴いたとき、能多和歌足さんと同じ思いでした。
以下のYouTubeでは「うる星やつら」で使われた「ジングル・ベル」「清しこの夜」の2曲に加え、1993年の日本公演で披露された「ホワイト・クリスマス」「お生まれだイエス様が」そしてフランス・オリジナル盤でアルバム・トップを飾った「オー・ホーリー・ナイト」の5曲をセレクトしてみました。
●レイモン・ルフェーヴル・グランド・オーケストラ "Joyeux Noël"から5曲
「ジングル・ベル」はクリスマス商戦のテーマ曲のような俗っぽいイメージがありますが、ルフェーヴルの演奏にかかるとそりが軽快に滑る場面を描いたという情景描写音楽としての姿を取り戻します。1857年にジェームズ・ロード・ピアポントという牧師が感謝祭のための音楽として作ったものですが、いつしかクリスマスの定番曲になりました。
「清しこの夜」は1918年のクリスマスイブ前日のオーストリアの教会で、壊れてしまったオルガンの代わりにギター伴奏で歌える歌を作るということになり、ヨゼフ・モールが作詞した詩にフランツ・クサーヴァー・グルーバーがメロディをつけて出来上がった曲とのことです。
「ホワイト・クリスマス」は1940年頃にアーヴィング・バーリンが作詞作曲したもので、1941年にビング・クロスビーがNBCラジオで初披露したようですが、翌年公開の映画『スイング・ホテル』で取り上げられたことで、大ヒットとなり「世界で最も売れたシングル盤」としてギネスブックにも登録されるまでになりました。
「お生まれだイエス様が」は古いフランスのクリスマス・ソングで、シンプルなメロディの繰り返しを編曲の力で表情を変化させていく、ルフェーヴルならではのアレンジ・テクニックを楽しめる1曲です。1993年の日本公演ではスタジオ録音とほぼ同じアレンジで演奏され、ホールに響き渡るオーケストラの美しい音色が、あたかも教会で聴く賛美歌のような荘厳な雰囲気を醸し出したことを思い出します。
「オー・ホーリー・ナイト」は、1847年にフランスの作曲家アドルフ・アダンが作曲した作品で「さやかに星はきらめき」という邦題でも知られています。また、ポール・モーリア盤では「真夜中のミサ」として紹介されている曲です。多くの歌手により歌われていますが、ルフェーヴルを超える感動を与えてくれる演奏には未だに出会えていません。厳かで格調高いイントロ、豊かに温かく響くチェロの音色、さりげなく入るフルートのデュオ、そしてコーラスとヴァイオリンの見事なハーモニー、そのバックで静かに奏でられるハープ。2コーラス目で表情を少しだけ変えた編曲。優しく優雅な曲の終わり。全てが完璧な演奏です。
●ダリダ/ホワイト・クリスマス
●ダリダ/プチ・パパ・ノエル
●ダリダ/ジングル・ベル
●ダリダ/清しこの夜
実はルフェーヴルは、ダリダのために「プチ・パパ・ノエル」「ジングル・ベル」「清しこの夜」「ホワイト・クリスマス」の4曲のアレンジを提供しています。1960年のことです。お聴きいただければ判るように、1968年のアルバムのアレンジと骨格は同じですね。
●ポール・モーリア "Chantent Noël"
ポール・モーリアはPHILIPS契約前の1963年にBerAir(ベルエール)というレーベルで、フランク・プゥルセル、レイモン・ルフェーヴルの協力のもと、"Chantent Noël"というアルバムを制作していて、ルフェーヴルは「清しこの夜」、プゥルセルは"Prière À Noël"のアレンジを提供しているとクレジットされています。ポール・モーリアとレイモン・ルフェーヴルのクリスマス音楽に似ている編曲があるのも、3人でいっしょに作ったこのアルバムあるからなのですね。
なお、ルフェーヴルのオリジナル・フランス盤のジャケットの絵について調べたところ、ブリュージュにあるハンス・メムリンク(1430-1494)の作品を集めたメムリンク美術館に納められている、東方三博士の礼拝を描いた「ヤン・フロレインスの三連祭壇画」の中央部分の絵が使われているようです。この絵をジャケットに採用した奥深さを感じます。
参考>https://ja.wikipedia.org/wiki/ヤン・フロレインスの三連祭壇画
ビクター盤ジャケットは藤城清治さんの影絵「星空のともしび」です。藤城清治さんはキリスト教関連においても旧約聖書を題材にした「天地創造」や「イエス」という画集を作った偉大な影絵作家でご存じの方も多いでしょう。そんな藤城清治さんのクリスマスの絵はがきをビクターのディレクターにお渡しし、その中からビクターで発売する際の新しいジャケット写真を選んでいただきました。私としては、イエスさまが牛小屋でお生まれになった情景を描いた作品の方を採用されるかと思っていましたので、こちらを選ばれたのは意外でした。でも、シンプルな情景の中に幻想的で印象的なイメージが広がるこちらの作品をジャケットに選んだのは正解だったと思います。