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いとしのチャーリー・ブラウン

 イタリアのナポリ方面を旅してきました。
 私のようなヨーロッパの音楽が好きな者にとっては、現地で耳に入ってくる音楽も楽しみのひとつです。日本人のほとんどの人が知らない、でも美しいヨーロッパのメロディの数々は、普段は能動的にCDや音楽再生機などで聴かないと楽しめません。でも、現地に行けば普通に街中に流れているわけで、これがたまらなくうれしいのです。だから、日本の歌謡曲やアニメなどを好きな外国人が日本に来て感激するのもよくわかります。それは、能動的に自分から取りに行かなければならなかったコンテンツが身の回りに普通に存在するということだけではありません。こちらがそういったコンテンツに接する気にもなってない時に、思ってもいなかったキャラが突然、自分のもとに飛び込んできてくれるという想像を超えた出会いを体験できるからなのです。それは、いくらバーチャル・リアリティの世界が進化しても、決して味わえるものではありません。
 今回はナポレターナ(ナポリで生まれた音楽)を聴けるかと思って楽しみにしていました。結果、残念ながら「サンタ・ルチア」とか「帰れソレントへ」のような「べた」なナポレターナさえ全く耳にすることができず、ピザ屋のおじさんが歌ってた「オー・ハピー・デイ」とか、アマルフィにあるエメラルドの洞窟というところで船頭が歌っていた「デライラ」とか、食事をしていたときに流れていた「オー・ラ・ラ」とか、わりと古めのヨーロッパで流行ったヒット・ソング数曲に出会った程度でした。
 そんな中、町を歩いていたらイベント会場で大音量でサンバのメドレー曲が聞こえてきます。「想い出のカーニヴァル」「ブラジル」「小鳥のように」のような知っているメロディーが聞き取れ、そして流れてきたのが「いとしのチャーリー・ブラウン"Charlie Brown"」。"Charlie Brown"って、そんなにメジャーなヒット曲だったの? びっくりしたので、すぐにスマホから、これらの曲名を入れて検索。どうやら流されていたのはTwo Man Soundの"Samba Mégamix"という曲であることがわかりました。
 Two Man Soundは3人組(なぜ3人なのに、"Two Man"?)のブラジリアン・サウンドを主体としたベルギーのグループで、"Charlie Brown"を1975年にベルギーやイタリアでヒットさせ、1978年に"Disco Samba"をリリース、それを1990年に再録音したのが"Samba Mégamix"のようです。

●トゥー・マン・サウンド "Samba Mégamix"

 さて、本日のお題の「チャーリー・ブラウン」の話です。この曲をTwo Man Soundはポルトガル語で歌っていて、「私の友人、チャーリー・ブラウンよ、リオのカーニバルからサンパウロの霧雨まで、ブラジルの隅から隅まで見せてあげる。」といった歌詞がついています。あの有名な漫画のチャーリー・ブラウンをモチーフにしているのかどうかはわかりません。これをフランスでは「決して云わないで"N' Avoue Jamais"」をヒットさせたGuy mardel(ギイ・マルデル)がヒットさせました。「パリの真ん中にガラスのお城を作りました。休みを取ってフランスを見に来てください、チャーリー・ブラウン。」といった感じで歌われるのですが、歌詞の内容にはどうもフランス的な比喩がいっぱい使われているようで、直訳を見ていても何のことかよくわかりません。(ルーブル美術館にガラスのピラミッドができたのは1989年)
 なお、この曲はTwo Man Soundがオリジナルではなく、ブラジルの歌手ベニート・ディ・パウラ"Benito Di Paula"が作詞作曲し1975年にブラジルでヒットさせたものがオリジナルです。Two Man Soundとはイントロ部分もピアノによるシンプルなもので、リズムからもラテン音楽らしい雰囲気が感じ取れますね。

●ベニート・ディ・パウラ "Charlie Brown"

●トゥー・マン・サウンド "Charlie Brown"

●ギイ・マルデル "Charlie Brown"

●レイモン・フェーヴル・グランド・オーケストラ "Charlie Brown"

 さて、絶対にベスト盤に入ることはないと思われる、だからオリジナル復刻版で発売された時は嬉しかったルフェーヴル版"Charlie Brown"ですが、よく聴くと実はルフェーヴルのアレンジのエッセンスがかなり詰まっていることに気づきます。ルフェーヴル本人としては、そんなに好きなタイプの音楽ではないはずなのですが、原曲を聴いて、かなり創作意欲をかき立てられたのでしょう。
 原曲にはない、ルフェーヴルが手を加えた部分として以下のものがあります。
(1)イントロ(原曲をベースに、独自のメロディをつけて勢いよく本編に突入)
(2)ベースを強調し、バックでさりげなくキーボードやチェンバロでリズムを刻む
(3)少し濁らせた音のフルートと管楽器(オーボエ?)を重ねて主旋律に厚みを持たせる。
(4)0:30あたりから加わるヴァイオリンの合いの手(?)
(5)0:45の"Charlie"と歌われる部分を、フルート、低音域弦、高音域弦と3回繰り返す(それを最後にホルンが軽く締める)
(6)0:48から始まるホルンを使った、曲に厚みを与えるルフェーヴルらしい雄大な裏旋律
(7)1:28からの転調し低音域弦を使うことで曲の雰囲気を変える部分
(8)2:14からの終曲に向かうにあたっての打楽器(トライアングルやアゴゴベル?等)で構成される部分
(9)原曲がフェードアウトして終わっているのに、ルフェーヴルはカットアウトで終わる。
※時間はCDの演奏時間をもとにしています。

 
 特に(5)の"Charlie"と歌われる部分は、オリジナルでは1小節だったものをTwo Man Soundが2小節に書き換えることで、音楽的にまとまりがついたものの若干間延びした感じにもなってしまったところを、うまくフォローしてますね。なるほど。ベニート・ディ・パウラのオリジナルからたどっていくと、ルフェーヴルがここにメロディを書き足した意図がよくわかります。(2023年11月追記)
 
 これらの部分は、ルフェーヴル流アレンジの特徴的な要素を全部満たしています。
[1]曲の中に出てくる旋律から想起した独自メロディの前奏を付加し、前奏部分から曲の世界観を表現していく。→(1)
[2]オリジナルの美しい裏旋律で、歌詞がないことにより不足する曲の情緒的・感情的な表現を補足する。→(4)(6)
[3]メロディを素直になぞるだけでなく、装飾音など変化をつけることで、演奏ものにありがちなマンネリ感を打破する。→(5)(7)(8)
[4]音域の違う楽器を組み合わせて同じメロディを歌わせたり、あえて不協和音を入れたりするなどして、音に厚みを加える。→(2)(3)
[5]曲の終わりをフェイド・アウトさせず、曲の余韻を残して終わるよう終結部を付け加える。→(9)

 
 改めて聞いて、こんなルフェーヴル向きでない曲にも手を抜かないルフェーヴル氏の編曲家魂に感服。(ところが、同じ頃に録音されたルフェーヴルの「ハッスル」は、上記の要素が何も入ってないんですよね。)